荒野と黄河が育てる、砂礫のオアシス──寧夏・賀蘭山東麓ワイン産地訪問記
はじめに
2026年7月後半の3日間、寧夏回族自治区・賀蘭山東麓を巡りました。賀蘭晴雪、蒲尚、志輝源石、仁益源、皇蔻、立蘭、長和翡翠──規模も哲学も異なる7つのワイナリーを訪ね、「東洋のボルドー」とも呼ばれる中国屈指のワイン産地の「いま」を肌で感じてきた記録をお届けします。

賀蘭山東麓ワイン産地のヒストリー──張騫の時代から、DWWA世界最高賞へ
張騫の時代から、現代のワイン産業へ
源石ワイナリーで伺ったお話では、寧夏のワインの歴史は、紀元前138年に張騫が西域からブドウや醸造技術を持ち帰った漢代にまで遡るとされます。
一方、現在の賀蘭山東麓につながる本格的なワイン産業が始まったのは1980年代です。1982年にブドウ栽培が始まり、1985年にはワイン醸造もスタートしました。
当初は農家から集めたブドウを大型タンクで醸造するなど、量を重視した生産が中心だったといいます。大きな転換が起きたのは、この10年余り。小区画ごとに発酵タンクを設けるブティックワイナリーが台頭し、テロワールを意識したワイン造りが広がることで、産地全体の品質が大きく向上してきました。
制度整備と「列級酒庄」
産地としての制度整備も進みました。2003年には「賀蘭山東麓ワイン」が国家地理標志製品保護区として認定され、2012年には寧夏葡萄酒局などが設立されるなど、産地としての基盤が整えられていきました。
さらに2013年には、フランスのシャトー格付けを参考にした「列級酒庄」制度が導入されました。当初は6段階でスタートし、その後5段階制に改められ1級が最高位ですが、2026年7月現在は1級認定はなく2級が最高位になります。葡萄園や醸造設備だけでなく、酒庄としての一体的な運営や観光・レジャー機能なども評価対象となっています。
賀蘭晴雪のDWWA受賞──世界が知った寧夏
そして、世界がこの産地を知る大きな転機となったのが、今回訪問した賀蘭晴雪ワイナリーです。
2005年に創業した賀蘭晴雪は、寧夏政府の元幹部3名が荒地を開墾して立ち上げたワイナリー。2011年、2009年ヴィンテージの「加貝蘭(Jia Bei Lan)」がDecanter World Wine Awards(DWWA)の「Red Bordeaux Varietal Over £10」部門でInternational Trophyを獲得しました。 当時、このInternational Trophyは年間25銘柄にしか与えられない最高位の賞の一つ。中国ワインが世界の舞台で獲得した歴史的な受賞となり、これを契機に賀蘭山東麓は国際的にも注目される産地へと大きく歩み始めました
立地の特徴──賀蘭山が守り、黄河が養う「砂礫の扇状地」
賀蘭山東麓のワイン産地を理解するうえで欠かせないのが、その独特の立地です。
西には賀蘭山、東には黄河。その間に広がる乾燥した砂礫地帯にブドウ畑が連なります。厳しい自然条件を抱えながらも、山・河川・標高・土壌が組み合わさることで、ブドウ栽培に適した環境が形成されています。
賀蘭山の防壁
西側にそびえる賀蘭山脈は、最高峰3,556m、南北200km以上に連なる山系です。中国北西部の乾燥地域と平地との間に立ちはだかり、ゴビ砂漠方面からの乾いた風や寒気の影響を和らげる天然の防壁として機能しています。
一方で、冬には厳しい低温に見舞われるため、賀蘭山東麓では冬季にブドウ樹を土中に埋める「埋土防寒」が行われます。つまり賀蘭山は、寒さを完全に遮るのではなく、この地域特有の気候環境を形づくる重要な存在なのです。

黄河がもたらす水
ここは年間降水量が200mm前後しかない厳しい乾燥地帯です。「ほとんど雨が降らない場所で、なぜこれほど広大なブドウ畑が成立するのか?」その答えは黄河です。
この地域では古くから黄河の水を利用した灌漑農業が発達しており、現在の多くのワイナリーではドリップ灌漑が導入されています。

標高と緩やかな傾斜
ブドウ畑の多くは標高1,000〜1,200m前後の賀蘭山東麓に広がっています。
山麓から東へ向かって緩やかに下る洪積扇状地には、砂礫を多く含む土壌が広がり、排水性に優れています。また、乾燥した大陸性気候と標高の高さによって昼夜の温度差が大きく、ブドウの成熟と酸の保持にも適した条件が生まれます。

同じ賀蘭山東麓でも、場所によって個性がある
今回7つのワイナリーを訪問して、私が興味深いと感じたのが、同じ「賀蘭山東麓」という産地の中にも立地による違いがあることでした。
銀川から永寧にかけてのエリアは、賀蘭山東麓の中でも高品質なブドウが育つ中心的な地域の一つとされ、今回訪問した賀蘭晴雪、蒲尚、志輝源石、仁益源、立蘭などもこの周辺に位置しています。
一方、さらに南に位置する青銅峡は、賀蘭山の地形が開ける「風谷ー風の通り道」として知られています。今回訪問した皇蔻ワイナリーでは、この地域を吹き抜ける風が、ブドウ栽培にとって重要な役割を果たしていると伺いました。
風通しの良さは、ブドウ畑の湿度を下げて病害のリスクを抑えるだけでなく、春先には冷気を滞留させにくくすることで、霜害の軽減にもつながるといいます。

こうして見ると、賀蘭山東麓は単純に「乾燥した高地」というだけではありません。
山がつくる地形、黄河がもたらす水、砂礫質の扇状地、標高、そして風。
これらの条件が組み合わさることで、砂漠に近い荒涼とした土地に、世界的なワイン産地が形成されているのです。
気候と土壌──乾燥と寒暖差が育てる「高糖・高酸」、そして過酷な冬
賀蘭山東麓のワインを語るうえで、気候と土壌は欠かせません。
年間降水量は約200mmと少なく、年間日照時間は3,000時間以上。夏の日中は30~35℃前後まで上がる一方、夜間には気温が大きく下がります。そして冬には-20℃を下回ることもある、非常に厳しい大陸性気候です。
糖分と酸に恵まれたブドウ
この乾燥と大きな昼夜の温度差が、賀蘭山東麓のブドウの大きな特徴である「高糖・高酸」につながっています。
賀蘭晴雪ワイナリーの容健氏によれば、中国の他産地では「酸は十分でも糖度が足りない」「糖度は高いが酸が不足する」といったケースがあり、醸造段階で調整が必要になることもあるそうです。
一方、寧夏ではブドウそのものが高い糖度と酸度を併せ持つため、そうした調整をせずにワインを造れることが大きな強みだといいます。
また、降雨が少なく空気が乾燥しているため、一般にカビ由来の病害が発生しにくいことも、この産地の利点です。化学農薬への依存を抑えた栽培に取り組むワイナリーもあります。
水はけのよい砂礫質土壌
土壌の主体は、賀蘭山から運ばれてきた礫や砂礫を含む洪積扇の土壌です。水はけと通気性に優れ、ブドウ樹が過度に水分を吸収することを抑えながら、深く根を伸ばすことができます。

有機物が少なく、ブドウにとっては栄養分の乏しい「貧しい土壌」ですが、こうした環境ではブドウ樹の樹勢が抑えられ、果実にエネルギーを集中させやすいという側面があります。
源石ワイナリーで見せていただいた土壌ボーリングのサンプルからも、地中深くまで砂礫質の土壌が続いていることが確認できました。

現地では、こうしたスパルタ栽培によってブドウ樹が深く根を伸ばし、16年樹では根が地下5.4mにまで達した例もあると伺いました。深い根系が地下深くの成分を吸収することで、ワインに独特の旨味やミネラル感が感じられると説明されていました。
最大の難関──冬の「埋土」
しかし、この恵まれた環境には大きな代償があります。
それが冬の「埋土」です。
-20℃以下にもなる厳しい冬を越すため、多くのワイナリーでは収穫・剪定後にブドウ樹を土を被せ、春になると再び掘り起こします。
ブドウ樹一本一本に対して行われるこの作業は膨大な労力を必要とし、賀蘭山東麓でワインを造る際の大きなコスト要因にもなっています。
つまり、この産地は「ブドウ栽培に適した理想的な土地」というだけではありません。厳しい自然条件を、人の手によって克服しながら成立している産地でもあるのです。
変わり始めた気候
そして現在、もう一つの課題が浮かび上がっています。
それが気候変動です。
今回訪問した皇蔻ワイナリーでは、近年、降水量が以前より増えているとの説明を受けました。15年前と比べて降水量が約2倍になり、年間の農薬散布回数も最大14回に増えたといいます。
特に大きなリスクとなっているのが、収穫期の降雨です。
蒲尚ワイナリーでは、2024年に9月の長雨が続いたことで大きな影響を受け、フラッグシップワイン2銘柄の生産を見送ったと伺いました。
「乾燥していること」がこれまで賀蘭山東麓の大きな強みだったとすれば、その前提そのものが変わりつつある可能性があります。
賀蘭山東麓は、厳しい自然条件を克服して世界的なワイン産地へと成長してきました。しかしこれからは、その自然条件自体の変化にも対応していかなければならない──。
今回の訪問では、そんな産地の現在と未来も垣間見ることができました。
品種と味わい──マルスランの花が咲く「高酸と高果実味」のワイン
では、賀蘭山東麓のワインは、実際にどのような味わいなのでしょうか。
今回7つのワイナリーを訪問してワインを試飲した私の印象は、高い酸、豊かな果実味、滑らかなタンニン、そしてそれらの要素が渾然一体に溶け合い、とてもバランスのとれたワインを形作っているということでした。
マルスランが産地の重要な顔になっている
賀蘭山東麓では赤ワインの生産が全体の約8割を占め、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルローが主要品種として栽培されています。
その中でも、近年この産地の「顔」となりつつあるのがマルスランです。
マルスランは、カベルネ・ソーヴィニヨンとグルナッシュの交配品種で、華やかな花の香り、豊かな果実味、そしてスパイシーなニュアンスを持つのが特徴です。
現地では、こうした香味が中国の消費者の嗜好にも合いやすい品種として説明されており、今回訪問した7つのワイナリーすべてでマルスランを使用したワインが造られていました。
賀蘭山東麓を訪れるなら、マルスランはぜひ注目しておきたい品種です。
高い酸と豊かな果実味が共鳴するワイン
7つのワイナリーのワインを実際に試飲して感じたのは、高いアルコール度数を支える豊かな果実味と、そこにしっかりと残る酸のバランスです。
高い糖度を持つブドウから造られるため、アルコール度数は14.5~15%程度に達するワインも多く、果実味は豊かで力強い。一方で、酸がしっかりと残っているため、重さだけが前面に出ることはありません。
赤ワインではタンニンもきめ細かく、果実味の中に滑らかに溶け込んでいます。
そして重要なことは、高い酸、豊かな果実味、滑からなタンニンが見事にワインの中で調和していることです。アルコールが高いことを全く感じさせないバランスです。
温暖化への対応──酸とアルコールのバランスをどう保つか
一方で、前章で降水量の問題に触れましたが、近年は温暖化によってブドウの糖度が上がりやすくなっているという声も聞きました。
そのためワイナリーによっては、収穫時期を早めたり、増酸酵母を使用したり、セニエを活用したりするなど、酸とアルコール、果実味のバランスを取るための工夫も行われています。
つまり、賀蘭山東麓のワイン造りは「高糖・高酸」という恵まれた自然条件をそのまま利用するだけではなく、変化する気候に合わせて醸造技術も進化させているのです。
James Suckling China Top 100でも存在感
こうした賀蘭山東麓のワインは、国際的な評価でも存在感を高めています。
James Sucklingが選出する「China Top 100 Wines」でも、賀蘭山東麓のワインは高い割合を占めています。2025年のランキングでは、100銘柄のうち47銘柄が賀蘭山東麓産地のワインでした。
今回7つのワイナリーを実際に訪問して感じたのは、単に「中国で評価されている産地」ということではありません。
高い酸、豊かな果実味、滑らかなタンニン
それぞれのワイナリーには個性がありながらも、こうした共通する味わいの方向性が強く感じられました。
賀蘭山東麓のワインは、ボルドーなどの銘醸地を模倣するだけではなく、この土地ならではの気候と土壌から生まれる独自のスタイルを形づくりつつあるように感じます。

訪問のまとめ──「埋土」の重みの中で追求する質の高さ
3日間の訪問で最も印象に残ったのは、ワイン1本の裏側にある、想像以上の手間でした。
広大な葡萄畑で行われる冬の「埋土」と春の「出土」。石が転がる砂礫地を切り拓く開墾作業。そして、品質を追求するための手摘み収穫。
賀蘭山東麓では、厳しい自然条件を克服するために、今も多くの人の手が必要とされています。
この土地では、自然がすべてを与えてくれるわけではありません。厳しい環境の中で、土地の力を引き出すために人が工夫し、手をかける。その積み重ねによって、初めて1本のワインが形になる。
今回7つのワイナリーを巡って感じたのは、まさにそんな「自然と人の共同作業」としてのワイン造りでした。
賀蘭山東麓は、すでに国際的な評価を獲得するワインを生み出す産地へと成長しています。一方で、日本ではまだその存在を知る人は多くありません。
訪問したワイナリーの皆さんから何度も聞いたのが、
「日本のワイン好きにも、ぜひ飲んでほしい」
という言葉でした。
その言葉が、今回の旅では強く心に残りました。
次回はぜひ、日本のインポーターやソムリエの方々と一緒に、この「砂礫のオアシス」を訪れてみたい。
そして、現地で感じたこの土地の魅力を、日本のワイン市場に伝えていきたい。
そんな思いを強くした3日間でした。

実際に訪問したワイナリーは規模も歴史もワイン造りの哲学も異なり、賀蘭山東麓という一つの産地の中にも、多様なアプローチがあることを実感しました。以下では、それら個性あるワイナリーの訪問記をご紹介しています。
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賀蘭山東麓の二級ワイナリー 志輝源石ワイナリー――石切場から再生した中国庭園と精緻な醸造哲学
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Edited by 新井達也
JSA公認ワインエキスパート
Vin Euphony代表
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