中国ワイナリー訪問|北京の小規模ワイナリー「乾元ワイナリー(Qianyuan Winery チエンユアン ワイナリー」──中国ワインの「職人技」と「風土」を間近で見る
はじめに――北京の郊外に、ひっそりとワインをつくる人たちがいる
北京から車を走らせること約1時間半。三面を山に囲まれたこの地域は、中国ワイン産地としてはそれほど有名ではありません。寧夏(ネイカ)や山東(シャンドン)ほどの知名度はない。しかし、だからこそ、ここにしかない味わいがある。
2026年4月、私は北京郊外にある小規模な中国ワイナリー「乾元酒庄(チエンユエンワイナリー)」を訪問した。オーナー兼醸造家の石さんは元々医療器械のビジネスを上海で10年間行っていた方で、ワインづくりは情熱から始めたという。経営は厳しいと本人は謙遜するが、その言葉の端々に「いいワインをつくりたい」という信念が滲んでいた。

風土と栽培――北京でワインをつくるということ
乾元ワイナリーのブドウ畑は、ワイナリーから少し離れた場所にある。北京のブドウ栽培最大の課題は「7月の雨」だ。
北京は西と北を山に囲まれた地形で、7月になると頻繁に雨が降る。白ブドウは熟期が早く、ちょうど糖度が上がり始める時期に雨が当たると病気が発生しやすく、制御が難しい。そのため乾元ワイナリーでは白ブドウの栽培をいったん中止し、赤ブドウに絞ったという。赤ブドウは白ブドウより熟期が遅く、雨のピークを過ぎてから糖度が上がり始めるため、病気リスクを抑えやすい。
寧夏と比較すると、北京は萌芽(ほうが)が早く、開花も早い。しかし収穫までの期間は寧夏より長くかかる。つまり、ブドウの生育プロセスがゆっくりと進む。石さんは「成長過程が長いぶん、香気の蓄積がより優雅で繊細になる」と説明する。寧夏は日照が強く成熟が早い一方で、香気は爆発的だが優雅さに欠けるきらいがある――というのがオーナーの分析だ。
また、寧夏は乾燥しているため農薬の使用が少なく済むが、北京では気候に起因する病気対策が欠かせない。ただし石さんは「農薬で解決できる問題と、天気で解決できない問題がある」とも話しており、白ブドウをあきらめたのもその判断の一環だ。
品種と醸造――小規模だからこそ「精密」に
乾元ワイナリーの製品ラインナップは、赤ワインを主体に、少量の桃紅(ロゼ)、そして独自の「酒精強化ワイン(フォーティファイドワイン)」を製造している。
栽培しているブドウ品種は、Merlot(メルロー)、Marselan(マルスラン)など。なかでもマルスランは「この地方でも比較的よい表現を見せる」と石さんが評価する。ただし、若樹のうちは「粗くて、いい酒にならない」と感じていたが、数年置くと「丸みが出て、繊細になった」という。
醸造設備はごくシンプルだ。選果から破砕・除梗、発酵、圧搾までを一列のラインで行う。発酵はステンレスタンク。500リットルから1トンクラスの小タンクを使い分け、温度管理と選果を小規模だからこそ丁寧に行っている。「精品をつくるなら、小さいほうがいい。温度管理も選果も、小規模のほうが制御しやすい」と石さんは語る。
瓶詰め・ラベル貼りも半手作業。ボトル充填と封栓は半自動だが、ラベル貼りは手作業だ。ラベルデザインは「地味」「土っぽい」と石さん自身も認めるが、数十万をかけて流行りのデザインを依頼するよりも、中身に投資する姿勢を優先している。

こだわりの一瓶――自家製ブランデーでつくる「18度の酒精強化ワイン」
乾元ワイナリーで特に興味深いのは、自家製ブランデーを使ったフォーティファイドワインー酒精強化ワインだ。
発酵途中で自家蒸留のブランデーを添加し、酵母を死滅させて発酵を停止する。アルコール度は18度に固定するが、残留糖度はブドウの状態により毎年異なり、40〜60g/L程度で変動する。製法としてはスペインのシェリーに近いアプローチという。
この酒精強化ワインは、発酵の際に基準に達しなかったブドウを「捨てずに活かす」知恵でもある。基準に満たないワインを売ればブランドを損なう。そこで自家で蒸留し、ブランデーにして酒精強化ワインに活かす。冬季、工員を2人残して蒸留を続けるという手間のかけ方は、小規模ワイナリーならではの工夫だ。
石さん自身は「甘いのは好きじゃない、私は辛いのが好き」と笑いながらも、「この酒の特徴は、第一に18度の高アルコール、第二に甘さ、第三に当地特有の果香」と語る。酒精強化ワインは全国でも十数か所しかつくっていないという貴重な存在だ。
実際にテイスティングさせてもらったが、ポルトのルビーを彷彿させる爽やかでジューシーなワインだった。

マルスランもテイスティングさせてもらった。石さんの自信作だけあり、酸味、果実味、滑らかなタンニンのバランスが取れた一品である。

中国ワインの「今」――オーナーの言葉から
乾元ワイナリーオーナーの石さんは、中国ワイン産業の現状についても率直に語ってくれた。
輸入ワインによる市場の混乱
「数ユーロのテーブルワインを輸入して、数百元で売る。消費者はワインなんてどれも同じだと思うようになった」と石さんは指摘する。低品質の輸入ワインが市場を攪乱し、国産ワインの評価を下げている側面があるという。
経済環境の逆風
中国国内の経済低迷も影響している。減給される企業、組織が多く、個人事業者はさらに厳しい。ワインは「贅沢品」であり、消費は後回しにされているという。「1か月に4回の飲酒を3回に減らす」ような現状とのこと。
評価体系の課題
さらに石さんは、中国の専門家が西洋の評価体系をそのまま模倣していることを問題視する。中国人の食文化(炒菜、火鍋、焼き鳥など)に合うワインのあり方を、中国独自の視点で研究すべきだと主張。「葡萄酒は外来品ではない。中国の歴史上、最初の酒も果実酒、すなわち葡萄酒だった」という歴史認識のもと、地元産のブドウと地元の食文化を組み合わせた独自の魅力を追求すべきだという考えである。
訪問を終えて
中国の小規模ワイナリーは、決して楽な状況ではない。しかし、だからこそ、本気でいいワインをつくろうとしているひたむきな生産者との出会いは貴重だ。
石さんは最後にこう言った。「中国人がちゃんとつくれば、問題ない。フランスの風土と差はあるが、ブドウ栽培、ワイン醸造そのもののレベルは、そこまで大きな差はないと思う」ーーー個人的にも中国ワイナリーの栽培技術、醸造技術は(日本のワイン業界の皆さんが想像しているより)相当前に進んでいると感じる。
訪問日:2026年4月
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Edited by 新井達也
JSA公認ワインエキスパート
Vin Euphony代表


